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中之島の歴史
第10回 交通の要所

 本物件の近くに新駅が2008年秋に開業予定である。新駅は天満橋駅から中之島の地下を東西に貫く京阪中之島線の開通に伴うもの。中之島には「なにわ橋」「大江橋」「渡辺橋」「中之島」の4駅が新たに設けられる。

 大阪では日露戦争前後から大正時代はじめにかけて、阪神電気鉄道(現阪神)・箕面有馬電気軌道(現阪急)・京阪電気鉄道(現京阪)・大阪電気軌道(現近鉄)など、新しい鉄道が次々と誕生した。特に京阪電気鉄道の開通(大阪天満橋〜京都五条)はその利便性から、伏見と大阪八軒家浜(※)の間を結ぶ淀川の水上交通に大きな影響を及ぼした。

 しかし、水上交通の要所である中之島では、人や物の移動手段が鉄道へと変化しても、船はその後も交通の担い手であった。旧淀川(大川・堂島川)を走る通勤船は1934年(昭和9年)まで運航。観光船も「水都」と言う名称で、1966年(昭和41年)まで淀屋橋〜水晶橋〜大江橋〜安治川〜木津川を経る中之島一周コースの運航が行われていた。ちなみに、1983年(昭和58年)、大阪城築城400年祭のときに、朝夕は通勤船、日中は観光船として中之島を巡るアクアライナーが就航した(通勤船は2005年6月に運航休止)。

 次に中之島の交通の主役として登場するのが、大阪市電。全国初の路面電車・大阪市電の運行開始は1903年(明治36年)であるが、1908年(明治41年)に第2期線として、東西線(九条〜末吉橋)と大阪駅前から恵比寿町の間を走る南北線(本線・支線)が開業。南北線の支線は、中之島2丁目駅(後の渡辺橋)から大江橋駅・梅田新道駅・大阪駅前駅を通る路線であった。第3期線で、福島西通を基点に東へ梅田新道に達する福島曽根崎線、船津橋を基点に北へ玉川町4丁目を経て兼平町に達する西野田線が開通し、中之島エリアの交通網を充実させた。堂島大橋〜福島西通の間を結ぶ堂島大橋線が開通したのは、1928年(昭和3年)である。その後、交通需要の激増に伴い、バス・地下鉄が誕生。地下鉄御堂筋線の誕生については第7回「グレートシティ・オオサカ」で触れたとおりだ。

 日本経済の高度成長に伴い、次に誕生したのは高速道路である。1964年(昭和39年)に西横堀が埋め立てられ、阪神高速道路公団が高速道路を走らせた。現在のように環状でつながれたのは1967年(昭和42年)。神戸・京都方面への車のアクセスが便利であるのも、交通の要所としての中之島の魅力である。

※ 大阪八軒家浜は大阪市中央区北浜東の天神橋南詰、大川南岸

※主な参考資料 大阪府の歴史・山川出版
福島区史(平成5年4月1日発行)


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